« 2022年3月 | トップページ

2022年4月

2022年4月17日 (日)

15周年を迎えて

おかげさまで、昭和歌謡BAR楽屋は(4月9日)15周年を迎えることが出来ました。この15年の間、リーマンショックが落雷し、東日本大震災に見舞われ、そしてコロナ禍に陥りました。それでもこうして幾多の困難を乗り越えて来られたのは、日頃より皆さまの多大なるご愛顧あってのことです。ここにあらためて厚く御礼申し上げます。

なお、急ではございますが(諸般の事情により)今回を持ちまして当サイト上のブログを無期限に休止します。もっとも最近は投稿をサボってばかりでしたけどね。長らくのご愛読、誠にありがとうございました。

もちろんお店の方は今まで以上に精進して参りますので、引き続き今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

感謝

| | コメント (0)

戦争を目の当たりにして思うこと

戦争とは過去の黒い歴史であり汚点でもある。ずっとそう思っていたのに、まさかこの時代に戦争が起こるとは考えもしませんでした。そこで今回は、このロシア・ウクライナ戦争で感じたことを箇条書きにしてみました。

※ どこかで戦争が始まったら、すぐに他のどこかの国(同盟国・連盟など)がそれを制止してくれるものと思ってました。ところが現実は全く異なりました。止めるどころか、まさか両国に大量の武器を与えまくって戦争を煽るとは。

※ 生物兵器を使うな、まして核兵器を使うのは以ての外だと言います。それって、他の兵器なら使っても良い、という理論なのでしょうか。

※ 戦争を始めるのは老い先短い年寄り。それによって命を落とすのは前途洋々だったはずの若者や子供なのです。

※ 外交(話し合い)が決裂した時、最後に待っているのが戦争なのかもしれません。

※ 今の日本の外交力では、北方領土も尖閣諸島も竹島も、いずれも返還は不可能なのだと悟りました。それどころか、話し合いで決裂した挙句に万一相手国に攻め込まれたら、日本は一瞬にして陥落するのではないでしょうか。

※ つまりロシアが話し合いで北方四島を返還する気など全く無かったことが、この戦争で明白になったのです。

※ 戦場で生きるか死ぬかの生活を強いられている避難民は、コロナ対策のマスク着用どころではありません。ひょっとしたらコロナ禍は、平和の証しだったのでしょうか。

※ 日本は、ウクライナを他人事ではなく、明日の我が身くらいに捉えるべきではないでしょうか。

以上、思いつくままに書きました。いま、世界は、そして日本は、間違いなく歴史の過渡期に入っている気がします。

| | コメント (0)

« 2022年3月 | トップページ